アジア起業家

「何者でもなかった自分が“セブ島のWeb屋”に」現地採用・フリーランスを経て、会社を設立した男の今

「“何者”でもなかった自分を、“セブ島のWeb屋”としてブランディングできたのが大きい」

今回お話を伺った、フィリピン・セブの起業家・津下亮平(つした りょうへい)さんがセブで活動する理由です。

新卒で就職した会社で、「このままではいけない!」と、危機感を覚えた頃に出会った、ある本がきっかけとなり、「英語」と「IT」を学ぼうと決意した津下さん。
まずは独学でITスキルを身につけた上で、日本のWeb制作会社へ転職。
その後、英語を学ぶために単身でセブへ渡りました。

そこで、英語と仕事における専門性の両方を高める必要性を痛感したことから、そのままセブ就職を果たし、最終的に独立。
現在は、セブでWeb制作会社を経営される起業家としてご活躍されておられます。

今回は、そんな津下さんに以下の3点について、お話を伺ってみました!

  • セブに身を置くことになった経緯
  • セブ就職の経験を次のキャリアへ繋げる秘訣
  • 津下さんが考える、セブで働く意義

常に向上心を高く持ち、キャリアを切り拓き続けてきた津下さんの姿は、これから海外で働きたい方にとって、きっと参考になるはず。
ぜひ最後までお読みください!

*本文中のお写真は、すべて津下さんご本人からいただいたものです。

津下亮平さん プロフィール
2010年に大学を卒業後、コールセンター事業を展開する会社に入社し、2011年にWeb制作会社に転職。2012年にセブ島での語学留学を経て、セブのIT関連企業で勤務した後にフリーランスへ転身。2014年にWeb&モバイル開発、アプリ開発などを事業とする、GOOD.HACKER.INCを設立。現在は事業内容を変更し、WEB制作・マーケティング・広告事業・メディア運営・ITコンサルティングを中心に事業展開を行っている(なお、本記事は、2020年5月の取材時点での内容です)。
*当日伺ったお話をもとに執筆。

 

“どこでも仕事ができる”スキルを身につけるため、「IT」と「英語」を学ぶことに

 

──  長年セブでご活躍されている津下さん。もともと海外にご関心があったのでしょうか?

 

もともと関心があった訳ではありません。
フィリピンに留学するまで、ほとんど海外に行ったこともありませんでした。
海外や英語に関心を持ったのは、高城剛さんの著書『私の名前は高城 剛。住所不定、職業不明。』に出会ったのがきっかけです。

大学時代をなんとなく過ごした僕は、リーマンショック真っ只中での就職活動に苦戦し、とりあえず新卒でコールセンターの会社に就職したんです。
仕事に意欲的に取り組む仲間がいる訳でもなく、ただ決まった時間、電話を取り続けるだけの毎日。
「このままではいけない!」と思った僕は、何かやりたいことを見つけようと、本をたくさん読み始めました。

そこで、ノマドライフの最先端を走る高城さんの生き方に触れ、「どこでも仕事ができるスキルをつけたい!」と思い、「IT」と「英語」を学ぶことにしたんです。
そこからまずは、独学でITスキルを身につけ、Webサイトの受託開発と自社Webサービスの展開を事業とするWeb制作会社に転職しました。
ここでの経験が、今の僕にとって大きな糧になっています。

 

──  当時のどのような経験が、今に繋がっているのでしょうか?

 

おもに、次の3つです。

  1. 社内のWeb制作担当者が途中から僕だけになり、Web制作に必要なすべてのフローに携わりながら、多くの案件を担当できた。
  2. スピード感をもって、新しい自社サービスが生まれる環境のなかで、「いかにしてビジネスを生み出し、収益を上げる仕組みを作るか」について学べた。
  3. 大企業で出世する以外にも、中小企業の社長として生きるという選択肢を知った。

Web制作はさまざまな担当者が分業で進めていくことも多いなか、ここですべてのフローに携わり、Web制作のベースを習得できたことで、早く独立できたと感じています。
そして、収益を上げることに、泥臭く向き合い続けてきたことも、今に活きていますね…!

 

──  学びも多く、充実した毎日を過ごされていたように感じますが、なぜ退職を決意したのでしょうか?

 

入社する前から、実務で使えるITスキルを1年で身につけたら、次はどこの国でも生活できるよう、オーストラリアへ留学して英語を学ぶと決めていたからです。
今振り返ると、浅はかな考えでしたが、当時の僕はWeb制作会社で1年間経験を積めば十分だと思っていたんです。

結局、オーストラリアは留学費用が予想以上に高いと気づき、比較的安価で留学できるとされていたセブに、留学先を変えることになりました。

 

──  そこから、セブ就職に至った経緯について教えていただけますか?

 

日本でもある程度勉強した上で留学したので、半年あれば十分英語がペラペラに話せるようになると思っていました。
ただ、留学してすぐに自分の見通しの甘さに気づき、留学後も海外に身を置いて、英語を伸ばす必要性を感じたんです。
一時はワーキングホリデーに行こうと思いましたが、留学中も引き続きWeb制作の仕事を請け負っていたことから、将来的なことを考えると、英語力と同時に、実務に活かせるスキルも磨く必要があると強く感じました。

ちょうどその頃、たまたま留学先の語学学校に置かれていた、セブのフリーペーパー「Cebupot」で、Webデザイナーの求人を見つけたんです。
実際に留学してみて、セブでの生活が心地良く、セブで英語とWeb制作のスキルを同時に高められたらいいかもしれないと思い、求人に応募したところ、採用していただきました。

 

セブ就職を経てセブの起業家へ! 津下さんが考える、成功の秘訣とは?


セブで就職した後、フリーランスとしての活動を経て起業した津下さん。
そこに至るまでは、「チャンスを掴み取るために、積極的に行動してきた」とのこと。
いったいどのような心がけで、行動を続けてきたのでしょうか?

 

──  セブ就職を、次のキャリアに繋げた秘訣のようなものはありますか?

 

 

キャリアアップを常に強く意識する

「ずっと現地採用のままでいい」というマインドではなく、「ここでの経験を活かして、さらに上を目指すんだ!」と強く思いながら、自分にできる準備を続けていました。

一般的に、現地採用は駐在員と比べて、待遇面で劣ります。
セブは他の地域ほど駐在員がたくさんいる訳ではありませんが、知り合った駐在員の友人と大きな待遇の違いがあると知り、悔しさを感じることも正直ありました。
今振り返ると、当時はその悔しさをバネに頑張れたので、最初に現地採用で働く経験をしたことは良かったと思っています。

ただ、これについては、「当時は若かったので、修行と捉えて踏ん張れた」と思っている部分もあります。
できるだけ若いうちにチャレンジした方がいいかもしれませんね・・・!

 

積極的に新しい“出会い”を求めて行動する

現地採用で働いていた頃は、社内だけでなく、社外のさまざまな場所で人脈を広げながら、自分の価値やニーズを探っていました。
僕が独立できたのは、社外のいろいろな繋がりからお仕事をいただく機会が増え、独立しても当時の給与と同じぐらいの収入が得られると思えたからです。
さらにその過程で、業務提携先になってくださる方とも出会い、その方と協業する形で、フリーランスに転身しました。

フリーランスに転身した後も、人脈づくりは引き続き意識していました。
ありがたいことに、当時業務提携を結んでいた方には、お仕事だけでなく、人脈を広げる部分でもいろいろとサポートしていただきました。
僕自身の経験を踏まえ、フリーランスになった当初は、誰かしら後ろ盾になってくれる人がいた方が心強いと思います。

 

──  常に強い上昇志向を持ち、チャンスを掴み取りにいく姿が印象的でした!

 

じつは、もともと上昇志向が高かった訳ではありません。
逆に、今があるのは、意識高く学生時代を過ごしたり、就職活動に意欲的に取り組んだりした訳でもなく、新卒で入社できる会社に“なんとなく”就職してしまったという過去があったからこそだと思っています。
どうしようもない状態だったので、あとは上がるしかなかったんですよね・・・!

そう考えると、付き合う人や環境を変えたのは大きかったと思います。
セブに来る前、日本で87年会という同世代の集まりに定期的に顔を出していました。
そこには、すでに20代前半で起業している仲間がいるなど、みんなすごく頑張っていたんです。
周りの影響を受けやすいこともあり、身近に頑張る仲間がいたことで、成長意欲が掻き立てられたのだと思います。

また、当時87年会に出ていたことが、起業のきっかけにもなっているんです。

 

──  もう少し詳しく教えていただけますか?

 

あるとき、かつて87年会で出会った仲間が、自社の代表と一緒にセブに来るという話になり、その案内役を務めたんです。
その数日後、海外進出を考えているので、一緒に事業を立ち上げないかと誘われ、資本提携を受ける形で会社を立ち上げることになりました。

当時の僕は、クライアント企業のWeb制作を請け負っていたので、自社独自のサービスを立ち上げてみたいという気持ちがありました。
それに対して、パートナー企業はアプリ開発を事業にしようとしており、お互いの目指したい方向が一致したんです。

ただ、結局事業は上手く軌道に乗らず、いろいろと話し合った末、約2年で事業をクローズし、提携も止めることになりました。
この2年間は、フリーランス時代よりも大きなチャレンジをさせていただき、とても貴重な時間でした。
パートナー企業の代表のことはとても尊敬しており、今でもときどきお会いしています。

 

──  そこから、どのように立て直しを図ったのでしょうか?

 

今度は完全に自己資本で、受託開発を事業とする法人を立ち上げました。
当時はすでに社員も抱えていたので、僕だけでなく、全社員の収入をなんとかして作り出さなければと必死でした。

幸いにも、これまでの出会いに恵まれていたおかげもあり、事業はすぐに軌道に乗り、今に至ります。

 

“セブ島のWeb屋”津下さんが考える、セブでチャレンジする意義と津下さんの今後について

 

──  これまでを振り返って、セブに来て良かったと思うことはありますか?

 

「何者」でもなかった自分を、「セブ島のWeb屋」としてブランディングできたのが大きいと思っています。
日本にWeb制作会社はたくさんありますが、セブで会社を経営しているといえば、それだけで興味を持ってもらえます。

これに関しては、今までセブでたくさんの方と出会えたおかげです。
特に僕がセブに来た当時は、ほかにWeb制作会社がなかったこともあり、「セブでIT・Web制作といえば、津下くん」とご紹介いただく機会もたくさんありました。
みなさんのおかげで、「何者」でもなかった僕の視座は一気に上がり、結局それが今の仕事にも繋がっていると思っています。

 

──  逆に、難しさを感じている部分はありますか?

 

「フィリピンだから」とか「海外だから」という難しさはあまりないですね・・・。
海外で起業していると、スタッフの採用やマネジメントにおける難しさについて、よく質問を受けますが、ありがたいことに、優秀で信頼できるスタッフに恵まれており、その点で苦労したことは今まで一度もありません。

一方で、Web制作という事業の性質上、案件を継続して受注し続けないといけないのは大変でもあり、不安に思うこともあります。

 

──  今後については、どのようにお考えでしょうか?

 

今しがたお話したような課題もあるので、今後はWeb制作以外の付加価値もどんどん提供していきたいと思っています。
最近はマーケティングにも注力することで、制作だけでなく、ビジネスの成功までをトータルでサポートできるようにしています。
いずれはマーケティングで選ばれる会社に成長させたいですね!

この背景には、「自分だからこそできる」ことにもっと磨きをかけていきたいという思いがあります。
今、僕はフィリピン人エンジニアと一緒に仕事をしていますが、彼らは非常に優秀です。
彼らと同じ土俵で戦うことを考えたとき、マーケティングやデザインなど、彼らにはない強みを身につけていく必要性を痛感したんです。

今後も自分のスキルや知識により一層磨きをかけられるよう、時間や労力を惜しまず、勉強し続けていこうと思っています。

 

津下さん、この度は貴重なお話をお聞かせいただきまして、ありがとうございました!
今後のご活躍、心より応援しております!

*今回ご紹介した津下さんのブログは>こちら
*津下さんが運営される“GOOD.HACKER.INC”企業HPは>こちら
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Jiyoung Baek

セブ留学がきっかけで東南アジアの虜に!! フィリピン・セブでの海外インターンを経て、ベトナム・ハノイで海外就職。約2年に渡って大好きな東南アジアで働きながら、旅をする生活をしていました。 現在は自身の海外経験を基に、旅するインタビュアーとして海外で活躍する方々を取材し、「海外で働くとは」について発信することで、海外で働きたいけど一歩踏み出せない方に挑戦のきっかけを作るべく奮闘中。 どんなときもアジアの眩しい陽射しのような笑顔を忘れず、頑張っています! 日々大事にしていること「やらない後悔よりやって後悔、何でもやってみる!」