就職、副業、起業失敗。どん底から這い上がりタイで起業した飯野慎哉氏が次世代へ送るエール「すべては自分次第」

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「転職したいけど・・・新しい場所で私は(僕は)活躍できるんだろうか?」

そんな疑問、持ったことありませんか?
なんとなく今の会社・仕事のままではいけない気がしつつ、新しい道を選んで活躍できるイメージができなくて前に進めない・・・。
国内・海外を問わず、転職をご検討される方にはこんな思いや悩みをお持ちの方は多いと思います。

では、新しく挑戦したい道が海外の場合ならどうでしょうか?
日本とは何もかもが違う環境で働くので、その不安はより大きいことでしょう。
不安や恐れを取り払って前に進める人なんてほんの一部、そんな風に思う方もいらっしゃるかもしれませんね。

今回お話を伺った飯野慎哉さんは、ご自身で一度起業されるも借金を抱えることになったどん底から這い上がり、タイ就職を経てタイで起業された方。
その過程で紆余曲折はたくさんありながらも、学んだことをすべて自身の力と強さに変えながら、「海外で活躍する人になる」という長年の夢を叶えられました。

すべては・・・自分次第!

どんなことも前向きに捉え、周囲が認める信用と実績を積み上げるまで頑張り抜いたからこそ、力強くそう語れる今があります。
同時に、決して順風満帆とは言えない人生を送ってきたからこそ、「自身のこれまでの経験で得たことを次の誰かへ伝えていきたい」という強い思いを持ち、お話を聞きたいという方々と日々向き合っておられます。
今回のお話も、ご連絡を差し上げたらすぐにご連絡を頂戴し・・・本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

飯野さんがこれまでの人生を通して、次の世代へ伝えたいこととは?
現状にモヤモヤや不安を感じる方々へ送りたいメッセージとは?

海外就職をご検討の方はもちろん、現状から抜け出したい思いはあるけど抜け出せない・・・そんな思いを持つ方に届けたい!!
そんな思いで綴ってみましたので、是非ご一読下さい!

 

飯野慎哉さんとは?

飯野慎哉さん プロフィール
大学卒業後に1年7ヶ月ほどオーストラリアへ留学後、東京の商社へ入社。将来への不安と苛立ちから輸入通販の副業を始め、副業が軌道に乗ったのを機に退職・独立するも、徐々に事業が上手く立ち行かなくなり、最終的に多額の借金を抱えることに。借金返済のためコピーライティングの仕事をする傍、外資系のフォワーダーで派遣社員として勤務した後、正社員として雑貨商社へ就職。日々の仕事で違和感を感じながらも働き続け、借金を完済した後に取引先からの紹介でタイ就職。タイで順調に結果を残し、2016年よりHPS Trade Co., Ltd代表へ就任。タイ在住歴は6年に及ぶ。

 

オーストラリアへご留学もされていますし、タイ在住歴は6年!
海外には元々ご関心があったのでしょうか?

 

大学時代に英語を使った仕事がしたいと思うようになりました。
オーストラリアへ留学したのも、仕事で使えるぐらい英語を話せるようになろうと思ったからです。

元々僕は1年浪人して、英語とは無縁の経済学部に進学したんですよ。
入学後の半年間は学校にもあまり行かず、毎日とにかく遊んでいました(苦笑)。
ただ、「浪人してまで大学に入って、僕は何をしているんだろう」とふと思い、そこでやりたいことを考えたんです。

 

おぉ・・・そんなに遊んだ時期があったんですね。

 

考え抜いた結果、当時塾の英語の先生にお世話になったこともあり、英語の教員になろうと思いました。
・・・が、経済学部ではその夢は叶えられません。

結局2年次から外国語学部へ移り、2年〜4年次で教育免許取得に必要な単位数と外国語学部の卒業に必要な単位数をすべて取得しました。
当時教授からは「前代未聞だ!」と褒められ、いざ教育実習へ・・・となりましたが、実際に教壇に立ったり、教員となった先輩の話を聞く中で、「英語の先生は何か違う」と感じたんです。

迷った末に、英語の先生になるのはなんだか違うけど、英語を使った仕事はしたいなと思ったんですよね。

 

起業したものの、借金を抱えてどん底へ

 

オーストラリアから帰国後、商社へ入社されたのはなぜですか?

 

留学を通して英語が堪能になった自分が、飛行機に乗って仕事であちこち海外を飛び回れたら、シンプルにかっこいいなと思っていました。
一度オーストラリアで起業しようとしましたが、上手くいかなくて。
起業するにしても、一旦会社員として就職しようとしたとき、商社の海外営業なら夢が叶いそうだと思ったんです。

ただ、入社して3ヶ月ほどで会社の飲み会の多さに違和感を感じたり、上司や先輩を見て「将来こんな風になりたくない」と思い始めました。
そこで副業を始めると、最初の1年ほどは苦労したものの、やり方を少し工夫すれば上手く回るようになってきました。

 

なるほど。それで独立されたんですね!

 

そうです、今思えば浅はかで調子に乗っていたとしか思えませんが・・・(苦笑)。

当時、僕は並行輸入(※注)のビジネスを行っていました。
ビジネスモデルもシンプルですし、英語が出来なくても翻訳ソフトを使えばいいので、誰にでも真似できてしまったんです。
最初は軌道に乗ったかのように思えた事業も、すぐに競合の参入が激しくなり、上手く行かなくなってしまいました。

※注)並行輸入とは、海外の有名ブランド品等を正規代理店とは別のルートで輸入すること(日本流通自主管理協会HP参照)。日本で既に認知度や人気の高い製品を安く仕入れて販売することで、利益を上げることができる。

 

それから、どうされたんでしょうか・・?

 

だったら誰にも真似されないことをしようと、海外ブランドの総代理店の権利を得て販売し始めました。
製品によっては上手く行った時期もありましたが・・・
並行輸入とは違い、海外では有名でも、日本のお客様が製品を知らないので、日本での製品ブランディングが必要で。
プロモーションにとてもお金が掛かりました。

途中で詐欺師に騙され、仕入先が倒産し・・・既に借金もあったので、督促に怯えながら居酒屋で深夜バイト。
真冬にガスが止まるような極貧生活を送っていても、恥ずかしくて親には言えませんでしたね。
そんな風に紆余曲折はありながらも自転車操業でビジネスを回していた頃、東日本大震災が起こり、売上が2週間ほど完全にストップしたんです。
「これはもう無理だ」と思い、心が折れてしまいました。

 

借金を返済しタイ就職!「気合い」で頑張り続けた日々

当時抱えていた借金は300万円。
その返済のため、飯野さんは外資系のフォワーダー※注の業務部門で派遣社員として働くかたわら、マーケティングやコピーライティングの勉強をし、スキルを活かした副業をされていたそう。
飯野さんはどのように借金を返済し、バンコクで働き始めることになったのでしょうか?

※注)フォワーダーとは、自らは輸送手段を持たず、船舶・航空機・トラック等を用いて、荷主と直接契約して貨物輸送を行う事業者のこと。(日本通運・ロジスティクス用語集参照)

 

借金の返済に奔走する日々。そこからどのような経緯でタイで働くことになったのですか?

 

東京の雑貨商社で勤めていた頃、取引先の物流企業から「タイのバンコクで働ける日本人を探していて…誰かいませんか?」というお話がありました。

当時、僕は借金返済のためにはボーナスが必要だと考え、以前派遣社員として勤めていた会社を退職し、東京の雑貨商社で正社員として勤務していました。
ただ、そこが結構ブラック企業で・・・(苦笑)。
コピーライティングの副業の甲斐あって借金も返済できましたし、日常にも疲れていたので、思わず「僕が行きます!」と答えてしまいました。

オーストラリアへの留学後から、英語を使って仕事で海外を飛び回ることへの憧れは絶えずあったので、「これはいいチャンス!」と思いましたね。

 

当時タイではどのようなお仕事をされていたのですか?

 

フォワーダーとしてタイにある日系企業の貨物輸送の案件を獲得する、新規開拓営業を行っていました。
雇用形態は駐在員ではなく現地採用、条件は1年契約の毎年更新。
結果を出さないとクビになると思いましたね。
信用も顧客リストもない、ゼロベースでのスタート、必死で頑張らざるを得ない状況でした。

勤めていた企業(*現在飯野さんが経営される会社の親会社に当たります)は船による海上輸送に特化しているような状態でしたが、物流ってそれ以外にも梱包、倉庫、通関、港までの陸運といった内容まで、サポートすべき部分は多岐に渡りますよね?
新規開拓営業をしつつ、海運以外の周辺部分でもサプライヤーを探し、彼らを日系企業が求めるレベルまで教育し・・・トータルサポートができるようにしていきました。

 

営業もしつつ、サプライヤーの開拓・教育もするとは・・・きっと大変でしたよね?

 

大変でしたよ。
サプライヤーを探す部分だけ担当してくれる方はいなかったので、すべて僕がやるしかありませんでした。

営業に出ると、お客様から様々な要望を頂きました。
僕はその度に「できます、頑張ります」とお伝えし、実際になんとかしてきました。
実際やってみると8~9割はできるものなんですよ!
それを続けていれば徐々にできることは増えますし、できることの質も上がってきます。

要は・・・気合いです(笑)!

 

えっ・・・「気合い」ですか!?

 

う〜ん・・・当然気合いだけではいけない部分もありますが、ある程度のところまでいけば気合いなのかなと思いますね。

先程顧客リストもない状態からのスタートだったというお話をしましたよね?
まずは「お客様をどのように獲得するか」を考えるため、自社の現状を分析し、強みを把握しました。
その後はお客様へのアプローチ、ここは試行錯誤を繰り返しながら進めました。

最初は人づてに紹介された企業へ訪問し、案件を獲得していましたが、紹介なんて頻繁にあるものでもなく、一瞬で数が尽きてしまいました。
次は、商工会議所から貰ったリストの活用。
電話帳に記載された企業に片っ端から電話で連絡していくのですが、ここで自社の強みを把握しているところが利いてきます。

「(その強みを活かして)確実に輸送コストを下げますが、ご興味ありますか?」と電話口で伺い、「興味がある」という企業にだけ訪問するんです。
多くの方は「まずはご挨拶を」と電話口で言うと思いますが、それだと本当にご挨拶で終わります。
僕の場合、既に関心をお持ちのお客様だけをご訪問したので、受注する確率も高かったですね。

テレアポではタイ人の方が出ることが多く、タイ語ができない僕は何度かたらい回しにされました。
電話ですぐに担当者の方に繋いでもらえるようにタイ語も勉強して、とにかく電話を掛けまくる・・・
ここまで来ると、本当に気合いですよね?

 

徹底的な現状分析の上で、タイ語を学んでとにかく数をこなす・・・。
飯野さんの気合いで乗り切った様子が伝わってきます!

 

1回目の起業やその失敗の過程で、コピーライティングやマーケティング等も力を入れて勉強したので、「どうすればモノが売れるようになるのか」についてはよく知っているという自負がありました。
フォワーダーでそんな経験をしている人はタイでは他にほぼいないだろうし、負けるはずがないという思いもありましたね。

それ以外にも1回目の起業で経験したことが活きたと感じる場面が多々ありましたね。

 

例えばどんなことですか?

 

一番大きいのは・・・借金に追われた経験があること、でしょうか?
督促に怯えたり、返済のための深夜バイトで年下の店長にひどい扱いを受けながら、寝る間を惜しんで働き続けて・・・本当に大変でした。
こんな風に、大変な経験を乗り越えてきたので、「なんとかなる!」と思えたんですよね。

副業が軌道に乗ったことで調子に乗って痛い目に遭ったと言いますか・・・。
きちんと積み重ねていくということを知らなくて、鼻をへし折られた経験から人として一皮むけたというのはありますよね。
「一皮むけた」というよりは、そうせざるを得なかったという感じですが・・・(苦笑)。

 

タイでの信用と実績が評価され、2度目の起業へ

飯野さんの気合いと頑張りは結果として実を結び、個人年商1億円という実績を叩き出します。
一緒に働いていたタイ人スタッフからの信頼も厚く、タイ人の現オーナーの信頼も勝ち取りました。
そんな飯野さんは3年前、元々現地採用で勤めていた現在の親会社のオーナーから出資を受け、現在のHPS Trade Co., Ltdの代表へ就任、2度目の起業を果たします。

 

現在の事業について教えて頂けますか?

 

主に製造業に関わる物流をトータルサポートしており、主なミッションはお客様の輸送費用を下げることです。
製造業系の工場が作った部品等を日本や他の海外に輸出するのをアレンジするインフラのようなイメージでしょうか。

弊社は特に海上輸送に強みを持っており、グループ企業合計8社で月間2,500本以上のコンテナを輸送しています。
イメージが湧きにくいかもしれませんが、月間2,500本以上のコンテナってすごい物量なので、船会社は競合他社よりも安価に、好待遇で対応してくれます。
この強みを存分に活かしながら、日々業務に当たっています。

我々は輸送手段も倉庫も何も持っておらず、すべて各サプライヤーに依頼する形なので、「いいサプライヤーを知っている」という情報を元にお客様を集め、集めた物量で各サプライヤーからいいレートでサービスを提供してもらっています。
親会社で勤めていた頃にサプライヤーを開拓し、良好な関係を築いてきたことが今も活きていますね。

 

日々の業務でやりがいや楽しさを感じることはどんなときですか?

 

スタッフが自力で仕事を取ってこれたときや、以前にはできなかったことができるようになると、すごく嬉しいですね。
あとは、試行錯誤をしながら仕組みづくりを進める過程が楽しかったりします。

弊社では物流と同時に商社業も行っていますが、そこで動物の餌の輸入販売をしていて。
ベルギーから自社物流を介して輸入した餌の配合をタイでやや変えて、家畜に与えて育て、育った家畜を日本へ出荷するという流通を自分で作るという過程も面白いですよね。
この餌の輸入販売については、タイの中でもローカルなエリアにいる農家の方々に販売をする訳で、僕自身のタイ語力がまだ足りなくて難しさもあるのですが・・・。
ただ、マーケット的に非常に可能性がある製品だと思っており、試行錯誤しながら攻めていくのが楽しいと感じています。
タイ人のビジネスパートナーには「絶対無理」と言われているので、見返したいという気持ちもありますし!

 

逆に、難しさや大変なことはありますか?

 

自分のアイデアが100%受け入れられる訳ではないことが多いところでしょうか?
現在、僕はタイ人のビジネスパートナーと株式をシェアして経営していますが、僕のパートナーは僕とは真逆の考え方で。
僕は会社の成長のためにも、変えるべきところは変えていく必要があると感じており、攻めの提案をすることが多いんですね。
一方、パートナーはミスがあってはならないという堅実志向なので、僕の意見が結構否定されることも多くて(苦笑)。

 

そんなときはどんな風に向き合っておられるのですか?

 

どうしても意見がまとまらないとき、最終判断はタイ人のパートナーの意見を尊重するようにしています。
なぜなら、この会社はタイの方々のための会社だからであり、彼らが活躍できないと意味がないと思っているからです。
あくまで僕はタイに日系企業がたくさんあるので、営業など、僕のできることで彼らをサポートするというスタンスで日々臨んでいて。

グループ会社に他国進出の話も出ており、僕は最終的に会社からいなくなる可能性だってありますしね。
仮にまた別の国でビジネスをする場合でも、このスタンスは貫くつもりです。

 

何よりも現地の方々を尊重することを大切にされているのですね!

 

海外で活躍するには現地の方の協力を得るのが不可欠です。
僕が持つ営業力やコミュニケーション力だって、タイの方々のサポートがあってこそ活きるし、彼らがいないと僕は無力なんです。
とはいえ、僕も最初現地採用でタイに来たときは関係を築き上げるまでに苦労したんですけどね(苦笑)。

あとは、他者に対してある程度のゆるさを持ち、いい意味で期待しないことが大切ですね!
海外にいるので、文化や考え方の違いによって困ることもありますが、「しょうがない」と思える気持ちを持てるといいかなと思います。

日々上手くいかないことや問題が起こることも当然ありますが、いかにみんなが気持ちよく仕事ができるかを考えるんです。
その上で、必要なコミュニケーションをきちんと取ったり、毎朝挨拶を欠かさないといった当然のことはもちろん、何か仕組み不足に起因する問題が起こったなら、仕組みを作ればいいんですよ!

 

気になる今後と海外で活躍したい方々へのメッセージ

未来についてはバンコクの夜景が素敵な、会社の屋上でお話して頂きました!

ここまで様々な困難にぶつかりながらも、必死の努力で乗り越えてきた飯野さん。
ご自身の経験をすべて学びや強さに変え、現在はタイで起業家としてご活躍されています。
タイの方々への思いや日々の仕事における考え方、見習うべきところがたくさんありましたよね!

そんな飯野さんは今後についてどのようにお考えなのでしょうか?
また、冒頭で投げかけた問いについても改めて考えるべく、海外で活躍したい方々へのメッセージも併せて伺ってきました。

 

ご自身の今後についてはどのようにお考えですか?

 

夢も叶えられたし、納得のいく仕事をしていて、今の自分にすごく満足しています。
1回目に起業したときはお金と自由がとにかく欲しかったのですが、実際2回目の起業を果たした今、どちらもそんなに必要ではないと思っていて。
以前より少し収入も増えましたが、それは自分のためよりも他の人々への投資に使っていきたいと思っています。

最近Twitter等を介して、こんな風に若い方を中心に僕の事業や経験に興味を持って会いにきてくれる方がいて、一緒に話をする時間が本当に楽しいんです。
今後は自身の経験から感じたことを、特に若い世代に伝えていきたいという思いがありますね。

 

飯野さんが若い世代に伝えたいこととは?

 

「すべては自分次第である」ということです。

商社時代、僕は上司とそりが合わないと思っていましたし、上司からいろいろ制限を掛けられるのが嫌だと感じていました。
起業した今、僕にはオーナーというボスがいるので、ある程度制約が掛かる訳ですが、自由にさせてもらえている部分もあるんです。
それは・・・彼と今すごく良好な関係を築けているからこそだと思うんですよね。
もし上司とそりが合わなくて悩んでいる方がいれば、「すべては自分次第」と考えて、まずは自分から歩み寄るなどの努力をして欲しいと思っています。

個人のブランドで仕事ができるようになれば、会社員・起業家を問わず、一緒に働く人々と良好な人間関係を築くことこそが幸せな人生ではないかと僕自身は思っています。

 

これから海外で活躍したい方々にメッセージをお願いします!

 

現地採用として海外で働こうが、日本で働こうが不安は尽きないのが今の世の中であり、すべては自分の頑張り次第だということです。
自分のいる場所で信用と実績をきちんと積み上げることさえできれば、さほど不安になることはないし、信用と実績を積み上げられるだけの努力をきちんとすべきだと思っています。

僕自身、1回目の起業で失敗したのは、当然事業計画が稚拙だったからというのもありますが、信用も実績も積み上げられなかったからです。
一方、現地採用時代にしっかりと実績を残し、タイ人スタッフとも良好な関係を築き上げた2回目の起業については、きっと大丈夫だと思っています。
万が一何かあったとしても、それだけの実績と信用を積み上げてきたので、きっと周囲が助けてくれると思うんですよね。
何かを「やりたい!」と思うなら、周りから評価してもらえるようしっかりと結果を追うべきだと僕は思っています。

 

まとめ

いかがでしたか?

1回目の企業、タイで現地採用として働く日々・・・がむしゃらに頑張り続ける中で得た学びを存分に活かしてきたからこそ、かつての夢を叶え、今の自分に満足していると自信を持って言い切れる飯野さん。
すべては自分次第であり、周囲の信用と実績を積み上げるだけの努力をするという飯野さんのお話、皆さんの心にもきっと響くものがあったのではないでしょうか?
タイ人スタッフの方々への向き合い方についても、これから海外に出る方々にはきっと参考になるはず。

また、取材を通してはもちろん、取材後のお話でも、「ご自身の経験を次の誰かへ伝えていく」という強い思いを感じました。
だからこそ、飯野さんのご経験や現在海外で事業を行う日々に関心を持ってご連絡を下さる方々には、可能な限り時間を作ってお話をされているのでしょう。

飯野さん、この度は素敵なお話をお聞かせ頂きまして、本当にありがとうございました!
今後の益々のご活躍を祈念しております。

今回お話を伺った飯野さんはTwitterブログを通して、海外で活躍したい方々向けに発信されておりますので、是非覗いてみて下さい!

About Author

Jiyoung Baek

セブ留学がきっかけで東南アジアの虜に!! フィリピン・セブでの海外インターンを経て、ベトナム・ハノイで海外就職。約2年に渡って大好きな東南アジアで働きながら、旅をする生活をしていました。 現在は自身の海外経験を基に、旅するインタビュアーとして海外で活躍する方々を取材し、「海外で働くとは」について発信することで、海外で働きたいけど一歩踏み出せない方に挑戦のきっかけを作るべく奮闘中。 どんなときもアジアの眩しい陽射しのような笑顔を忘れず、頑張っています! 日々大事にしていること「やらない後悔よりやって後悔、何でもやってみる!」

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