カンボジア起業、海外ノマド生活、マレーシア就職。数々の挑戦を支えた”前向きに進み続ける”力

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「自分が思っている限界は、ただ自分が決めているだけなのかもしれない」

何かに挑戦しようとするとき、皆さんを阻むものは何ですか?
不安や恐れ、世間の常識、年齢・・・きっといろんなことが尻込みする理由になっていることでしょう。
ただ、勇気を出して一歩踏み出してみると、考え方や物事の捉え方も大きく変わり、自分の思っていた限界すらも越えていけると感じられる瞬間がきっとあります。

今回は無意識のうちに決められた限界に縛られ、なかなか一歩が踏み出せないでいる方の背中を押してくれるようなお話です。



こんにちは!
BEYOND THE BORDER ライターのペクです!

今回はゼロからカンボジアで起業し、東南アジアを中心とした海外ノマド生活を経て、現在はマレーシア・クアラルンプールの外資系企業でご活躍されている、和佐晋吾さんにお話を伺いました。
日本での刺激のない毎日に何となく感じていた違和感から、海外へ飛び出すことになった和佐さん。
そこで「自分が勝手に自分の限界を決めている」という大切な気付きを得ることになります。

以来、インドでの採用プロジェクト立ち上げやカンボジアでの起業、海外ノマド生活、マレーシア就職・・・圧倒的な行動力で挑戦を続けて来られました。

「自分が仕事に対してどれだけ前向きに取り組むかで成果は変わる」

ときに厳しさや困難にもぶつかりましたが、強い思いで前向きに取り組み続けたのが和佐さんの素晴らしいところであり、成功の秘訣。
どんなときも自分の持てる力を最大限発揮すべく、徹底的に考えながら行動を続けておられます。
そんな和佐さんの姿やお話から、勇気を出して一歩を踏み出し、目標の達成に向けて徹底的に行動することの大切さがきっと伝わるはず。

海外就職、海外起業をご検討の方は是非ご一読下さい!

 

和佐晋吾さんとは?

和佐晋吾さん プロフィール
新卒で3年間日本で勤務した後、2001年から1年間イギリスで介護ボランティア活動に従事。2002年に帰国した後、11年間再び日本で勤務。2013年株式会社パソナに入社。香港で海外研修の後、インドへ赴任し、営業未経験でゼロからプロジェクトを立ち上げる。そこで「何事も本気を出せばできる」と実感したのを機に、2014年にカンボジアでゲストハウスをオープン。ゲストハウス経営のかたわら、3年ほどの海外ノマドライフを経て、2019年3月にマレーシア・クアラルンプールの外資系企業に入社し、現在は新しい夢の実現に向けて奮闘中。
※プロフィール参考:ノースキルでカンボジア起業!(和佐さんのブログ) 自己紹介部分

 

海外経験も豊富な上にすごいご経歴ですね!
海外には元々ご関心があったのですか?

 

元々は高校時代に英会話学校に通ってみたり、大学時代にタイを訪れたという程度でした。

新卒で入社した会社ではコンタクトレンズの販売をしており、若くして副店長を務めるチャンスに恵まれるなど、個々の裁量も大きくて充実していました。
ただ、似たような価値観や考え方の人が多く、このまま刺激がない毎日を過ごしていると、人として豊かになれないような気がしました。
自分の視野を広げるためにも、全く日本人のいないような環境で長期的に生活してみようと思い、海外に出ることにしました。

 

なるほど。視野を広げるために海外へ出ることにしたんですね!

 

異文化に飛び込むチャンスを探していたところ、イギリスでボランティアホリデーなるものを見つけました(当時、ワーキングホリデーの制度はなかったそうです)
そこで、世界中から集まる方々と一緒に、ダウン症の方々と自給自足をしながら共同生活をするコミュニティでのボランティアに挑戦することにしました。

この経験は僕にとって人生の転機となりましたね。

 

イギリスでのご経験が人生の転機になったんですね。
具体的にどんなご経験が和佐さんの人生に影響を与えているのですか?

 

今まで通用していた考えや常識とは明らかに違う方々と生活をする中で、自分が勝手に限界を決めていると気づかされました。

日本では空気を読んで、周囲に合わせることが良しとされますが、その姿勢だと海外では全く通用しなくて。
最初は何も言えないからって、不本意な仕事ばかりが自分に回ってきたんです。
自分のやりたいことややった方がいいと思ったことが全然できなくて、辛い時期もありましたね。
ただ、少しずつ自分の意見を伝えるようにすると、みんな耳を傾けてくれて、周りを巻き込みながら動けるんだということに気付きました。

人生の早い段階で、一般的な「日本人らしさ」が一旦リセットできたと個人的には思っています。

 

日本人の全くいない環境に飛び込み、行動したからこその気付きですね。

 

日本にいた頃は、お金や利益を追求するような日本の社会がやや息苦しいと感じていましたが、自給自足であれば、そこまでお金にこだわる必要もありません。
それに、当時初めてダウン症の方々と向き合ったのですが、「天使の子供」とも言われる彼らは喜怒哀楽をストレートに表現しますし、本当に純粋で。
ボランティアとして携わらせてもらっていたのに、僕自身が救われる部分が多く、心穏やかで気持ちのいい日々でもありました。

 

「海外で何ができるか」、問いへの答えを探すための挑戦

イギリスからの帰国後に就職活動をしようとしたところ、前職時代に親しかった眼科医の先生から誘われ、開業をサポートすることに。
当初は少しの間お手伝いをするつもりが、スタッフ採用、医院運営など様々な業務を任されるうちに楽しくなってしまい、11年間勤務を続けられたそうです。
11年目を迎えた2013年に退職し、海外赴任を目指して株式会社パソナへ転職。
ここからはその頃に焦点を当ててお話を伺っていきます。

 

帰国してから11年間日本でご勤務されていましたが、
なぜ海外に出るために転職しようとしたのですか?

 

「自分が変わった」と思ったイギリスでの1年が、帰国してあまり活かせていないという思いが心の奥にずっとありました。

当時の仕事は比較的働き方に融通が利く環境で、2ヶ月に1回ほどのペースで海外旅行に行くことができ、カンボジアに5〜6年ほど続けて通うようになったんです。
通い続けるうちにカンボジアの国や人々が大好きになり、友達もたくさんできたので、カンボジアで何かしたいという思いが芽生えてきました。

ただ、何をやっていいかは分からず、その手掛かりもなかなか掴めずにいました。
情報も限られる中、いきなり自分で何かを始めるのは難しいと判断し、まずは自分が海外で何ができるかを探すことが必要だと思ったんです。

 

大好きなカンボジアで何かを成し遂げるためにも、
まずは海外で「何ができるか」を探してみることにしたんですね!

 

仕事で海外に行く方法はいくつかありましたが、株式会社パソナ(以下、「パソナ」と記載)と大阪府が共同で実施している海外人材育成プロジェクトを見つけました。
これは「海外で働ける人材」を一人でも多く育成するのを目的とし、研修を受けつつ会社の戦力として働くというプログラムですね。

ただ、このプログラムでは営業職として海外へ派遣されるのに対し、僕には営業経験がありませんでした。
未経験なので、営業ができるとは言えなかったものの、包み隠さず選考に臨んだら見事に合格!
そこから会社を退職し、プログラムに参加することになりました。

 

未経験から挑戦して見事合格されるなんてすごいですね!
当時、具体的にどんなお仕事をされていたのですか?

 

最初の5ヶ月間は大阪で国内研修、香港で海外研修を受けながら、営業のノウハウ等について学ぶ日々を過ごしました。
研修後はインドに派遣され、インドの日系企業が新卒のインド人学生を上手く採用できるような仕組みづくりに携わりました。

インドでは新卒一括採用の文化がなく、企業が若いインド人学生を獲得する手段があまり確立されておらず・・・。
イベントの実施等の施策を打ち出すことで両者のマッチングが促されるよう、アプローチをしていきました。
採用プロセスや枠組みについてはチームのメンバーで話し合いながら作成し、それに基づいて個々人がインドの日系企業や大学に営業を掛けに行くという流れでした。

最終的に担当していた日系企業と大学を上手く引き合わせ、内定まで持って行けたときは本当に嬉しかったですね。

 

インドで一から採用に関するプロジェクトを立ち上げられたんですね。
楽しさや喜びの反面、大変なことも多かったのではないですか?

 

僕にとっては初めて挑戦する職種でしたし、プロジェクト自体もパソナのインド拠点初の試みだったので、すべてが大変といえば大変でしたが・・・。
毎日すごく新鮮で、とても充実していました。

インドでの経験は、自分が仕事に対してどれだけ前向きに取り組むかで成果は変わるんだということを強く実感させてくれました。
僕は仕事に向き・不向きなんてなく、苦手な仕事だから成果が出ないなんてことはないと思っています。
自分の気持ちや取り組み方次第でいくらでも現状は変えられますし、何かを成し遂げることだってできると思うんですよね。

 

自分の気持ち次第で成果は変わる、素敵な気付きですね!

 

よく年齢を気にする方もいらっしゃいますが、それも違うと思っています。
実際僕がインドへ赴任し、未経験で営業職に挑戦したのは30代半ばのことでした。

一歩踏み出すとき、自分に「何ができるか」も当然大切ですが、自分は「どう在りたいか」の方がより大切だと思っています。
何歳でも自分の目標を持っていれば、自分のストーリーを語れますよね?
そんな自分を認めてくれる組織や人と上手く繋がれば、年齢によらず夢に近づけると思うんです。

 

ゼロからのカンボジア起業、成功の秘訣に迫る!

 

インドでプロジェクトの立ち上げに成功した後、なぜ起業することにしたのですか?

 

当初、終了後は日本で就職するか、海外で現地採用として働くかの2択で考えていましたが、途中でカンボジアでの起業1択に変わりました。

ここはインドでの経験ももちろんあったとは思いますが、以前から抱いていた「自分はできる!」というある種前向きな勘違いのおかげだと思います。
日本で11年間働きながら海外で一人旅を続けていましたが、途中で降りかかってくるあらゆる問題や困難を自分の力で乗り越えてきました。
その過程や日本での経験を通して成功体験を積み重ねてきたのが大きいと思います。
自分に起こることはすべて乗り越えられるし、仮に何か新しいことに挑戦する場合でも、きっと乗り越えられると信じられたんですよね。

 

自分を信じる力があるって強いですよね!
起業にあたって、なぜゲストハウスを経営されることにしたのですか?

 

サービス業が経済の中心となってるカンボジア・シェムリアップで、自分に「何ができるか」を考えたとき、宿業を営むのがいいと思いました。
僕自身、旅行が大好きなので、旅行者の方とも出会えて、彼らをサポートしたいという思いがありまして・・・。
日本で家賃を下げるためにシェアハウスを運営していた経験があり、そのノウハウも多少活かせそうだったというのもあります。

考え抜いた末、インドのプロジェクトで出会った同僚を誘い、二人で自己資金を用いて事業を立ち上げました。
最初は知名度もなく、軌道に乗るまで3ヶ月ほど掛かりましたね。

 

その過程でどんなことが大変でしたか?

 

僕たちが借りた物件はあまりにも古く、理想の宿とは程遠いという状況でした(苦笑)。
自己資金で始めたので、好きな物件を一から造ったり、最初からいい物件を借りるのは資金的に難しく・・・。
世界中から集まる旅人をターゲットにしようにも、おしゃれで綺麗な宿が好きな西洋の方には人気が出なさそうという状況でした。

 

その状況をどうやって打破したのですか?

 

まずは、戦略ですよね。
ターゲットを広げれば広げるほど集客は難しくなるので、中途半端に世界中の旅行客をターゲットにしてコンセプトの分かりにくい宿になるよりは、対象を絞った方がいいと思いました。

同業他社を見てみると、当時シェムリアップに日本人を対象とした宿は少なく、あってもOTA(注)のサイトに掲載しているだけだったりで・・・。
それなら、時代の流れに沿って、ゲストハウスについてはもちろん、旅行情報についてもSNSで発信することで、「安心して旅行に来て頂ける」雰囲気を全面的に押し出すことにしました。

この戦略が功を奏した部分もあり、世界一周中の方や東南アジアを一周するバックパッカーの方々の間に口コミで広がっていきましたね。

(注)OTAとは、Online Travel Agentの略。インターネット上だけで取引を行う旅行会社のこと。(JTB総合研究所 観光用語集参照。)

 

なるほど。同業他社の状況をきちんと分析した上で立てた戦略が功を奏しましたね!
他には何かありますか?

 

ビジネスを始めると見えてくる、「できること」と「できないこと」を客観視した上で、持てるリソースを最大限有効活用することです。
ゲストハウスで言えば、「宿」と「人」がここで言うリソースですよね。

確かに宿自体は他と比べると古いですが、僕たちができることを必死に考えた結果、そこでの交流や人の温かさ、安心感は提供できると思いました
既にあるもので、どれだけコストパフォーマンス良く勝負できるかを徹底的に考えながら、自分や自分が関わる組織ができることを全力でやり続ける日々でしたね。

シェムリアップといえばアンコールワットですが、それよりも僕たちのゲストハウスに戻ってきたいという方を増やしたいという思いが常に根底にあります。
実際そのようなお言葉を頂くことも増え、嬉しい限りです。

 

これまでの海外生活を振り返りつつ、現在のマレーシア生活に迫る!

 

できることを徹底的に考え、行動し続けることが何よりの秘訣だったんですね。
途中から海外ノマド生活を始めたのはなぜですか?

 

僕と元同僚の二人で立ち上げた宿ですが、正直なところ日本人スタッフが2人現場にいても、宿のパフォーマンスが上がる訳ではありませんでした。
であれば、僕は違った側面で集客に貢献するか、自身の行動を通してカンボジアのビジネスを伸ばす方向に注力しようと考えました。

ずっと現場にいるよりも、自分がブログやその他の手段を通して発信を続けることで、今後の可能性や幅を広げることがビジネスにとっても有用だと思い、アジアを中心にイギリス、ドイツ、ベルギーなどで約3年ほど生活していましたね。
実際、立ち上げたものの軌道に乗らなかったブティックホテルは、ブログを通して譲渡先を見つけましたし・・・。

いつも現場のマネジメントをしてくれているパートナーには感謝の気持ちが尽きません。
どんな形で恩返しをしようかと常に考えていますね。

 

今後の可能性や幅を広げるためのノマド生活。
なぜ3年ほどで辞めることにしたのですか?

 

途中で家族ができ、ノマド生活で得る収入だけでは心もとなくなってしまいました。
というのも、カンボジアのゲストハウスは黒字経営ではあるものの、ビジネスとしてすごく利益が出るという訳ではありません。
実質的な運営はパートナーに任せている状況なので、僕自身はそこから収入を得ている訳ではないんです。

 

そのような経緯でマレーシア就職を果たされたんですね。
数ある国の中でマレーシアを選んだのはなぜですか?

 

僕の家族はフィリピンの方なので、日本に行くにはビザの問題もあってハードルが高くて。
東南アジアであれば、僕の家族が行き来するにも日本ほどハードルが高くないという事情がありました。

僕自身も仕事が中心という日本的な働き方よりも、ワーク・ライフ・バランスの取れた環境で働きたいという気持ちはあったので、海外の外資系企業に絞るのがいいと思ったんです
当時の候補としては、タイのバンコク、マレーシアのクアラルンプール、インドネシアのジャカルタがありましたが、たまたま一番最初に内定が出たクアラルンプールの外資系企業でお世話になることになりました。

今思えば、家族のいるフィリピンのマニラやセブをなぜ候補にしなかったんだろうとも思いますが・・・(苦笑)。

 

なるほど。現在はどのようなお仕事をされていますか?

 

大手外資系企業でデータアナリストとして勤務しています。
集まってくるたくさんのデータを分析した上で問題解決の手段を提案したり、提供しているサービスの改善などに役立てて頂けるようお手伝いするという仕事ですね。

特別なスキルがない限り、マレーシアは給与が変わらない傾向があります。
よって、仕事内容や職種にはそこまでこだわらず、外資系企業という軸に絞って活動した形です。

残業は基本ありませんし、万が一残業した場合は他の日に早く退社できたりするので、非常にワーク・ライフ・バランスが取りやすい環境です。
決まった時間だけ勤務すれば、その後は今後自分が取り組みたいことに向けて時間も割けており、現状はすごく満足していますね。

 

今は非常に働きやすい環境にいらっしゃるんですね。
長い海外生活を通して感じている面白さややりがいはありますか?

 

それぞれ職業も違うので、一括りにするのは難しいのですが・・・。

自ら考えて行動することで、結果を残していけるところが面白いと思いますね。
特に、カンボジア時代は成功・失敗(宿で言うレビューの良し悪し)のいずれについても、社長として自らがいかに取り組んだかがすべて結果として現れるという状況で・・・。
決まった給料をもらいながら働く訳でもなく、すべてが自分次第というチャレンジングな環境はすごく楽しかったですね。

 

逆に、難しさや大変なことはありますか?

 

カンボジアでのビジネスが予想以上に利益を生まなかったことぐらいです(苦笑)。
現地のスタッフさんが急に仕事を休んだり、仕事への責任感が日本とは違うと感じたことは何度かありましたが、それも日本が完璧を求め過ぎだと思っていますし・・・。

基本的にどんなこともすべて前向きに捉えて進んで来ましたし、苦労は引きずらないことにしています。
小さな挫折や苦労は当然ありましたが、そのおかげで今があるという意識であり、今がよければその挫折や苦労も自分の人生を良くするために必要なものだったと思っています。

 

気になる今後と海外で働きたい方へのメッセージ

 

ご自身の今後についてはどのようにお考えですか?

 

カンボジアで経営しているホステルとは違ったコンセプトのホステルをまずはクアラルンプールで、将来的には日本・ヨーロッパ・オセアニア地域へ展開していきたいと思っています。

僕はホステルやホテルに宿泊するのが趣味で、今もよく行っています。
その中で、旅行者がクアラルンプールを訪れても、観光の目玉が少ないこともあり、ハブとして素通りすることが多いと気付きました。
一方、僕が長く腰を据えて実際に生活する過程で、マレーシアは多民族国家で、多様な文化に触れられる魅力や楽しさがたくさんある場所だと思ったんです。
その魅力が存分に伝わるような宿をまずは来年にオープンさせたいと考えています。

日本の生活に息苦しさを感じている方が日本の文化とは違うところで生活し、新たな自分を発見できる拠点にもできると嬉しいですね。

 

カンボジアでの知見を活かした新しい挑戦、素敵ですね!
最後に、海外で働きたい方へのメッセージをお願いします!

 

挑戦したいという気持ちが半分以上を占めるなら、後悔しない人生にするためにも挑戦した方がいいと思います。
僕は誇れるスキルも何もない中、海外でゼロから起業してなんとかやっていますし、きっと皆さんにもできると思うんです。

ただ、最初から自分だけで何とかしようとする必要はないと思っていて。
分からないことや不安があるなら、一歩先を行く人に相談すれば解決の糸口が見えてくることもありますよね?
ときに誰かに頼りながら、一つひとつ課題を克服していくことで、自ずと自分の進みたい方向へ向かう道が見えてくると思います。

あとは、「自分が何を大切にしたいのか」という軸は常に大切にした方がいいですよね。

 

まとめ

いかがでしたか?

「自分がいかに仕事に向き合うかで結果は変わる」
そんな風に前向きな姿勢で挑戦し続けた和佐さんだからこそ、常に目標や夢に向かって走り続けられるのだと思いました。
「何歳になっても目標を掲げ、上手く周囲を巻き込めれば夢に近づける」という信念の下、限界を設けず進み続ける姿がとても印象的でした。

ご自身の経験から、「立場と環境が人を作るのであり、人は誰しも輝ける場所がどこかにあるはず」と取材中に仰っていた和佐さん。
新しいホステル事業でも、「日本で息苦しさを感じる方が新しい自分を発見するための拠点を」という思いをお持ちです。
ご自身が挑戦を続ける中で、たくさんの気付きや学びを得て、変化を実感できたからこそ、なかなか一歩を踏み出せない方の背中を押せるのだと思いました。
そんな和佐さんのお姿やメッセージが、皆さんにとって新しい一歩を踏み出すきっかけとなりますと幸いです。

和佐さん、この度は貴重なお話をお聞かせ頂きましてありがとうございました!
今後の益々のご活躍、そして新しいホステル事業のご発展を祈念しております。

About Author

Jiyoung Baek

セブ留学がきっかけで東南アジアの虜に!! フィリピン・セブでの海外インターンを経て、ベトナム・ハノイで海外就職。約2年に渡って大好きな東南アジアで働きながら、旅をする生活をしていました。 現在は自身の海外経験を基に、旅するインタビュアーとして海外で活躍する方々を取材し、「海外で働くとは」について発信することで、海外で働きたいけど一歩踏み出せない方に挑戦のきっかけを作るべく奮闘中。 どんなときもアジアの眩しい陽射しのような笑顔を忘れず、頑張っています! 日々大事にしていること「やらない後悔よりやって後悔、何でもやってみる!」

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