プロサッカー選手からベトナム起業家へ!井上寛太氏が挑戦を続ける理由とは?

0

「挑戦したいことはあるけど、20代はとりあえず仕事に集中しよう」

そんな風に心から挑戦したいことを後回しにしている方、いらっしゃいませんか?
失敗が怖い、勇気が出ない、周りからの目が気になる、まずは資金を貯めるところから・・・など。
挑戦しない理由がいくらでも出てきて挑戦できないという方も多いことでしょう。

ましてや挑戦のフィールドが海外になる場合だとどうでしょう?
言葉も文化も生活も日本とは全く違う環境に飛び込むので、不安はもっと大きくなりますよね。

ただ・・・「挑戦しない後悔」について考えたことはありませんか?

今回お話を伺った井上寛太さんは、ヨーロッパ6ヶ国でご活躍された元プロサッカー選手。
井上さんは、長年ヨーロッパでサッカー選手として活躍したいと思いつつも勇気が出ず、一旦は日本でプロを目指した後にヨーロッパへ渡りました。
そこで優秀な若手の台頭を目にしたときに痛感したことが・・・「もっと早く、若いうちに挑戦すればよかった」ということ。

時間はない!やりたいことがあるなら今やるべき!

当時の後悔は今でも井上さんの原動力となっており、次の世代へ伝えたいメッセージだと力強く語っておられました。

そんな井上さんは現在ベトナム・ハノイでスポーツアカデミーを運営され、日本の教育をベトナムに伝えるべく日々奮闘されております。
井上さんが日本を飛び出しヨーロッパの舞台に挑戦し、その後ベトナムで事業を始めるまでにはどんな思いや背景があったのでしょうか?

紆余曲折はありながらも、自らの力で道を切り拓き続ける井上さんの力強さは必見!
海外就職、海外起業をご検討の方はもちろん、何かに挑戦したい思いはありながらも勇気が出ないという方は是非ご一読ください!

*本文中の写真については井上さんご自身から頂戴したものを使用しております。

 

井上寛太さんとは?

ベトナムで総合スポーツアカデミー代表 井上寛太氏

井上寛太さん プロフィール
元プロサッカー選手。10代の頃から各世代別の日本代表に選出される。立命館大学、社会人チームを経て、Jリーグの長野バルセイロでプロデビュー。日本で1年ほど選手生活を送った後、長年の夢を叶えるべく単身ヨーロッパへ。欧州リーグ6カ国を渡り歩き、2017年に現役引退。現在はベトナムで総合スポーツアカデミーを運営、スポーツを通して日本の教育を伝えるべく日々奮闘中。
*プロフィールは井上さんから頂戴した紙資料をもとに執筆しています。

 

10代の頃から日本代表としてプレーなんてすごい!
サッカーは幼い頃から始めたんですか?

 

本格的にではありませんが、3歳から父と遊びながらサッカーを始めました。
2歳の頃にJリーグが開幕し、父が試合に連れて行ってくれたのが始めたきっかけでしたね。

地元のチームでプレーしていた小学校の頃、コーチがすごく厳しい方で・・・とにかくサッカーに打ち込み、練習を重ねているとすごく上達したんです。
小学5年生の頃には関西の全Jリーグチームからオファーを頂いたりもしました。

 

関西の全チームからオファー!?(すごすぎて声が出ません・・・笑)

 

ただ、順風満帆という訳でもなくて・・・(苦笑)
中学の頃まではサッカーが好きな気持ちだけで頑張れば上達しましたが、日本代表としてプレーするようになると、周りの期待やプレッシャーも大きく、正直苦しくなりました。

一番悔しかったのが・・・Jリーグのユースチームでプレーしていたのに、プロとしてJリーガーになれなかったこと。
当時所属していたチームはJ2リーグにいて、J1リーグへの昇格を目指していました。
よって、選手の育成に力を入れるよりも既に実力のある選手や有名選手をチームに招き、短期間でリーグ昇格を目指すのがチームの方針でした。
ユースからプロへ上がる人が誰もいない時期が6年ほど続いていました。
ただ、これすらも本当に実力があれば上がれるはずなんですよ、だから本当に悔しかったです。

 

自ら道を切り拓き続けたヨーロッパでのチャレンジ


一時はサッカーに打ち込む意欲を失ったという井上さんですが、周囲の支えや応援に応えるべく再び立ち上がります。
プロサッカー選手になる夢を叶えるため、進学した立命館大学を8ヶ月ほどで中退し、自ら社会人チームにジョイン。
必死に努力を重ねた結果、日本で念願のプロデビューを果たします
が、1年ほどでヨーロッパへ渡ることに・・・。
ここではその背景にあった思い、ヨーロッパでの充実した日々に迫ります!

 

念願のプロデビューを果たすも、1年ほどで別の道へ・・・。
どうしてそのような決断をされたのですか?

 

プロサッカー選手になってから、サッカーだけではなく人生について考えるようになったという人生観の変化があったからでしょうか。
30代中頃でクビになるJリーガーの姿を何度も目の当たりにしました。
そこでサッカー以外に何もスキルがなければ、全く無関係な仕事に就くしかありませんが、僕は長くサッカーに携わりたかったんです。

 

なるほど。セカンドキャリアが念頭にあったんですね。

 

ここは個人の価値観次第で、下部リーグで長くプレーし続ける選手もいますが、僕は短期間で勝負に挑み、無理なら諦めようと思っていました。
僕がプロデビューしたチームはJ3のチームであり、年齢やセカンドキャリアを考え、次のステップへ進むことにしました。

本当はJ1リーグで活躍して日本代表入りし、ヨーロッパのフィールドでチャレンジするのが王道です。
ただ、僕にはその王道を行く実力はなかったので、自分でチャンスを取りに行こうと一歩踏み出すことにしました。

 

なぜそこでヨーロッパを選んだのですか?

 

若い頃から日本代表としてブラジルやヨーロッパの国々へ海外遠征に出る中で、子供ながらに日本とヨーロッパのサッカー文化やサッカー熱の違いを感じていました。

日本だとサッカーの道が絶たれてもいろんな仕事があり、他の選択肢を取ることもできます。
一方、ヨーロッパの貧しい国やブラジルでは、中学・高校までサッカーを続けた人は、サッカーがなくなったらもう何もないという状況。
だからこそ、人生を掛けてサッカーに打ち込んでいる・・・そんな環境で挑戦してみたい気持ちがずっとありました。

セカンドキャリアも意識していたので、ヨーロッパであれば語学を含め、サッカー以外にも学べることが多そうだと思ったからということもありますね。

 

若い頃に日本代表としてプレーする中で芽生えた思いが背景にあったんですね!

 

ただ・・・もっと早く踏み出せばよかったという後悔が大きいです(苦笑)
本当は大学を中退してすぐにヨーロッパに渡ればよかったのですが、当時は勇気が出ず・・・。

23〜24歳でヨーロッパに渡ると遅いんです、本当は。
ヨーロッパには17〜20歳ぐらいの有能な選手がたくさんいて、クラブも若い人を欲する傾向があります。
何かにチャレンジする上で年齢が大切であることを痛感しました。

 

それでも一歩踏み出す勇気と行動力が素晴らしいと思います!

 

年齢的な後悔はありますが、もちろん行ってよかったと思ってます!

例えばドイツ・・・リーグがなんと12部もあり、そこに世界中から人が集まります。
当然裕福な人ばかりではなく、貧しい中で持てるお金のすべてをつぎ込み、人生を掛けて勝負に挑む人もたくさんいます。
Jリーグで結果が出ないからヨーロッパで挑戦しようかなという中途半端な気持ちだと絶対についていけないフィールドです。
練習中も削り合いですし(笑)。

 

そんな環境なので、大変なこともたくさんあったのではないですか?

 

最初の地スロベニアでいきなり代理人に騙されまして・・・(苦笑)。
代理人が現地のチームに紹介・斡旋してくれる予定でしたが、お金を持ち逃げされたんですよ!

仕方がないので、一人でホステルに宿泊しながら、チームをひたすら探し続けました。
チームを探しては勝手に練習場へ行き、スタッフや選手が出てきたら一緒に混ぜて練習させてもらえるようお願いする・・・。

東欧にはアジア人差別もあり、馬鹿にされることもありましたが、懸命に挑み続けましたね。
実際一緒に練習をしていると、そこそこ実力はあったので見直される部分もあり・・・3チームほど同じことを続けていると、契約書を渡されました。
月給3万円、物置小屋のような家で生活する(但、食事はクラブハウスが提供)というスタートでしたが・・・(苦笑)

 

月給3万円に物置小屋!?そこで諦めずに頑張れた理由は・・・?

 

幼い頃から負けず嫌いなので、「なめるなよ!」の精神です(笑)。

ヨーロッパでは、自意識過剰なぐらいでないと戦えません。
行く前から予想はしていましたが、行ってからより強くそう思いましたね。
みんな「我」のかたまりなので、あえて「俺が一番!」ぐらいの気持ちでいなきゃと思っていました。

そんな風に思いながら歯を食いしばって続けていれば、1年以内に1部リーグからオファーが来るようになりましたね。

 

井上さんの頑張り、伝わってきます!本当にすごいとしか言えません・・・。
たくさんの国でプレーしていたのはなぜですか?

 

先程もお話したように、これもセカンドキャリアを視野に入れていたからですね。
多くの国にコネクションを作って、日本の若い世代をどんどん海外で挑戦させたいという思いがあったんです。
それに、僕自身がいろんな国のサッカー文化を知りたいという気持ちもありましたし・・・。
とにかくいろんな国やリーグをエージェントに聞いてもらって、単年契約やときにはカップ戦契約でプレーし続けていましたね。

 

イキイキしてますね〜!にもかかわらず、なぜ引退を決意したのでしょうか?

 

最後にプレーしていたのはドイツでしたが、その頃セルティックFC(スコットランドのチャンピオンチーム)のキャンプに呼ばれました。
15〜20人ほど候補者がいる中、アジア人は僕だけという状況。
このとき優秀な若い世代の台頭も間近で見ましたし、「これで契約できなかったら無理。そのときは諦めよう。」と思って臨みました。

どんどん脱落者が出て行く日々でしたが、僕は・・・なんとか最後まで残っていました。
しかも、今までの選手生活の中で最高のパフォーマンスが出たんです!

結果は・・・ダメでした。

 

えっ・・・(絶句)。当時のお気持ちは?

 

すがすがしかったです!
当然プロとしてサッカーを続けられないのは悔しかったですが、サッカーから離れる訳ではなかったので。

大学に進学した頃までは来たオファーを受けるというレールの上を歩き、なんとなく義務感でサッカーと向き合っていました。
当時は正直そんなにサッカーが楽しいと思えなくて・・・。
ヨーロッパに渡って最初は月給3万円という生活もしましたが、自発的に動くことができ、自分次第でどうにでもなるという環境がすごく楽しかったんです!
ここで「サッカーが楽しい!好き!」という気持ちを思い出せたからこそ、今も仕事でサッカーに携われるんですよね。

 

ビジネスの場での活躍を目指してベトナム起業、成長を実感する日々

ベトナム 起業家 井上寛太氏

AJDSCの開所式にて日系企業代表としてご挨拶されたときの様子

道を自ら切り拓き続けたヨーロッパ生活は、井上さんにサッカーの楽しさを再び思い出させてくれました。
取材中、楽しそうにヨーロッパ生活を振り返る井上さんの姿が印象に残っています。
そんな井上さんはヨーロッパで選手生活を終え、日本のクラブからオファーはあったものの、そのまま現役引退。
以降はビジネスの道へ進むことになります。

 

なぜベトナムへ移ることになったのですか?

 

引退することが決まったときに、各方面から様々なお話を頂きました。
その中のひとつが、ベトナムのダナンに支社を持つ日系企業の、「海外でスポーツビジネスを展開したい」というお話でした。
ベトナムは今後経済発展も進みそうであり、サッカーも強くなっていたので、とても興味深くて。

引退してたった3週間ほどでしたが、すぐにホーチミンとハノイへ視察に訪れました。
そこでハノイの知人を通じてインターナショナルスクールに話をすると、「面白いね!」と言って頂けたり・・・。
実際に視察して可能性を感じたので、投資を受けながら自己資金と合わせてハノイで事業として始めてみることにしました。

 

引退して3週間でベトナム視察!ここでも素晴らしい行動力を発揮されてますね!

 

まずはサッカースクールを事業として始めましたが、1年半ほどで200人弱の生徒さんを集め、スクールとしては大盛況でした。

ただ、こちらで外資100%の会社設立は難しく、特に教育事業はライセンスの取得にすごく時間がかかるので、ダナン支社の名前を借りて事業をしていたのですが、いろいろな難しさに直面することになりまして。
悩みに悩んだ末、これまでも実質的には自分で事業をしていましたが、今年から本格的に資本を入れて、より良い形で再始動したところです。

 

起業にあたって不安などはありませんでしたか?

 

ヨーロッパ時代に物置小屋のような場所で生活したり、これまでいろんな経験をしてきましたからね・・・(苦笑)。
その経験があったからこそ、挑戦して失敗しても死ぬ訳じゃないと思えたのが大きいですね。

あとは・・・自分で何か大きなチャレンジをすべきだという思いが後押しした部分もあります。
今まであまり大きなチャレンジをしてこなかったので、ここで一つ大きな挑戦をして、仮に失敗しても何か得るものがあるだろうと思ったんですよね。

 

現在の事業について教えて下さい!

 

元々サッカースクールとしてスタートしましたが、現在は主に「スポーツを通じて日本の教育を伝えていく」をコンセプトにしたスクール事業を行っています。
サッカースクールで生徒たちを指導する中で、ベトナムの子供たちが話を聞かなかったり、道にゴミを捨てる様子を目にし、ベトナムの教育に寄与したいと思うようになったんです。
僕自身、選手時代も含め多くの国を訪れましたが、日本の教育は世界トップクラスであり、その素晴らしさを伝えていきたいと思っています。

他には、インターナショナルスクールの体育の授業をしたり、CSR活動の一環として他の企業様と一緒になって日越間をスポーツで繋ぐようなイベントを開催したりしています。

 

ベトナムの教育への貢献やスポーツを通じた日越交流・・・
井上さんのベトナムへの思いの原点はどこにあるのでしょうか?

 

う〜ん・・・最初は「怒り」だったように思います。
「なぜ親がゴミを捨てて帰るんだ?」とか「なぜ順番を守れないんだ?」・・・とにかくいろんなところで怒りを感じていました。

ただ、当然文化が違う訳ですし、基本的なことをそもそも教えられていないことが逆に可哀想に思えたんです。
スクール事業を通して関わる子供たちは比較的裕福な家庭の子供たちなので、状況は比較的いいと見ています。
一方、ボランティア等で訪れる郊外の貧困地域の子供たちだと、十分に教育を受けられておらず、経済格差や教育格差があることを強く実感しました。
だからこそ、微力ながらイベントの開催等を通じて、少しずつ教育を広げていきたいという思いがありますね。

 

最初は「怒り」だったんですね、意外でした!
仕事ではどんなときにやりがいや楽しさを感じますか?

 

自分の思いが形になりやすいところ、でしょうか?
僕は日本でのビジネス経験がないので比較はできませんが、ベトナムではやると決めたことが形になるのが速い気がしています。

サービスも教育も完成しきった日本と違い、ベトナムを含むアジアの国々には未完成の部分がたくさんあり、可能性がいくらでも広がるところにも面白みを感じますね。
今日本でサッカースクールを立ち上げても、たった1年強で200人も生徒さんを集客するのはなかなか簡単ではないと思うので。

 

確かに!可能性が広がる環境でいろんなことを実現していく中で、
ご自身の成長を実感されることもきっと多いですよね!

 

そうですね!

また、僕自身はデロイトトーマツ様をはじめとした大手企業様からご支援を受けながら活動させて頂いております。
このように、大手企業様や日本ではなかなかお目に掛かれないような方と一緒になってお仕事ができるチャンスが多いのも、ベトナムならではのように感じています。
ビジネスシーンにおける自身の成長を強く実感すると同時に、支援企業様への感謝の気持ちが尽きない日々ですね。

 

逆に、難しさや大変なことはありますか?

 

ベトナム人スタッフの育成、でしょうか?
文化の違いに尽きますが・・・日本人の感覚で接したり、育成しようとしてはいけませんよね。
ベトナム人のお客様に対してはベトナム人スタッフが対応するとはいえ、日本のクラブを謳っている以上、他のクラブと同じサービスを提供する訳にはいかず、そこにどう向き合っていくかが日々の課題です。

 

そのために何か普段心掛けていることはありますか?

 

サッカーにおける監督と選手のような関係をイメージし、毎日スタッフに欠かさず声を掛けるなど、スタッフとの関係作りに徹底して取り組んでいます。
スタッフが仕事をしやすい環境づくりをしたり、スタッフの良さを上手く引き出すのが僕の役目なので・・・。

あとは、日本のサービスを提供するとはいえ、現地の方がよしとする方法で進めて行く方が物事が上手く回ることも当然あるので、そのバランスは大切にしています。

 

気になる今後と海外で働きたい方へのメッセージ


プロサッカー選手時代に自らの力でヨーロッパへ渡り、様々な経験をする中で得た「自分次第でどうにでもなる」という気づき。
そう思ったからこそ、自らの力で「スポーツを通じて日本の教育を伝えたい」という思いの実現に向けて、様々な困難はありながらも日々進み続ける井上さん。
そこには、自ら道を切り拓いてきたからこその力強さが溢れていました。

そんな井上さんは今後についてどのようにお考えなのでしょうか?
これまでの人生で後悔していることを踏まえてのアドバイスも含め、必見です!

 

今後についてはどのようにお考えでしょうか?

 

短期的・中期的・長期的目標がありまして・・・。
まず、現在はハノイだけで展開している弊社のスクールですが、それをベトナム全土に展開するのが短期的な目標ですね。
中期的には、ベトナムのみならずASEAN各国で展開し、ASEAN最大規模のアカデミーにしたいと思っています。
長期的な目標としては、ASEAN各国で展開したアカデミーの上に設けたトップチームから自社のプロクラブを作り、各国の1部リーグにプロクラブとして参戦できるようにしたいですね。

その背景にはやはりASEAN各国の教育に寄与したいという思いがありますね。
ときどき近隣国へ訪問することもありますが、状況的にはやはりベトナムと似ている部分があると思うので。

 

海外で働きたい方へのメッセージをお願いします!

 

常に「時間はない!」という意識を持つことです。
最近では10代の起業家が出てくるなど、スポーツに限らずビジネスの場でも20代は若いとは言えません。
だからこそ、やりたいことがあるなら「今」やるべきです。
僕自身、ヨーロッパでプレーするという夢の実現を後回しにしたがために、若手の台頭に勝てず、引退せざるをえなかった後悔があるので・・・。

何かを「やりたい!」という人なんて世界中に山ほどいて、実現するためにどんどん行動しないと、他の人と競り合うことなんてできません。
失敗しても死ぬ訳ではありませんし、むしろ何かにチャレンジして、ときに失敗も経験した方が人として深みも幅も出るのではないかと僕は思っています。

 

まとめ

いかがでしたか?

今後のビジョンをお伺いした際、長期的なビジョンまで明確にあることが素晴らしいと思いましたが、それは幼い頃からサッカー選手になるまで、常に長期的な目標から落とし込んで行動していたからとのこと。
だからこそ、セカンドキャリアを意識してヨーロッパへの道を自ら切り拓き、今に至るのだと思いました。

また、「時間がない!」という意識を常に持つというお話も、井上さんご自身の後悔に基づいていて心に響きませんか?
サッカー選手としてご活躍され、引退を決意したときの清々しさとともに感じた悔しさこそが今の井上さんの原動力なのだと感じました。

井上さん、この度は素敵なお話をお聞かせ頂きまして本当にありがとうございました。
今後の井上さんのご活躍、事業の益々のご発展を祈念しております。

*今回ご紹介した井上さんが運営されるスポーツアカデミーについてはこちらのホームページまたはFacebookページを是非覗いてみて下さい!

About Author

Jiyoung Baek

セブ留学がきっかけで東南アジアの虜に!! フィリピン・セブでの海外インターンを経て、ベトナム・ハノイで海外就職。約2年に渡って大好きな東南アジアで働きながら、旅をする生活をしていました。 現在は自身の海外経験を基に、旅するインタビュアーとして海外で活躍する方々を取材し、「海外で働くとは」について発信することで、海外で働きたいけど一歩踏み出せない方に挑戦のきっかけを作るべく奮闘中。 どんなときもアジアの眩しい陽射しのような笑顔を忘れず、頑張っています! 日々大事にしていること「やらない後悔よりやって後悔、何でもやってみる!」

Comments are closed.

2大特典無料プレゼント2大特典無料プレゼント