セブで0円英会話留学を実現した日本人経営者に成功の秘訣を聞いてみた

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【フィリピン起業家インタビュー】早川 諒氏 AHGS English Academy代表

「無料(0円)で1日4時間の英語の授業を受けながらフィリピン・セブに語学留学ができる!」と聞いて興味を惹かれないでしょうか? 

今回は、フィリピン・セブで「0円留学」をキャッチフレーズに英語留学の学校「AHGS English Academy」の代表である早川 諒氏にお話を伺いました。彼とは個人的な友人でもあり、その人柄、経営ビジョン、行動力どれをとっても素晴らしく、とても尊敬している経営者仲間の一人です。実は彼は高校も卒業しておらず中卒です。そんな彼がいかにしてフィリピンで事業を興し、成功させたのか?その成功の秘訣に迫ります。

1.「0円セブ英語留学」そのビジネスモデルのカラクリとは?

早川さん、個人的にもお付き合いをさせていただいていますが、改めてお忙しいところお時間とっていただいてありがとうございます!

ーまずは事業の概要を説明していただけますでしょうか?

弊社は「0円でセブ島に英語留学出来る」という語学学校サービスを提供させていただいています。

ー僕も語学学校を経営していますが、0円とは驚きです。どのような仕組みなのでしょうか?

もちろん、0円と言っても完全に対価なしでは経営が成り立ちません。そこで0円で留学していただく代わりに、学校と同じビル内で弊社が同時に経営しているコールセンターで1日4時間お仕事をしていただいて、その代わりにセブ島での滞在期間の宿泊費(宿泊場所の提供)と1日4時間のマンツーマン英語授業の学費を0円で提供させていただいているのです。弊社はこのコールセンターで売上を立てる事で経営が出来ています。

2.高卒でもない。中卒でも世界を舞台に活躍できる!

ー早川さんは常々「みんなに夢を与える今の仕事が大好き。」とおっしゃっていますよね。

はい。私は若い頃、海外に興味があり留学したかったのですが、やはり「お金がない」事を理由に、実際に留学する事はありませんでした。そして、学歴も中卒で高校すら行っていません。ですが、30歳を前に遂にアジアを中心とした海外を周り、そこで訪れたセブ島で可能性を感じて起業を決意した事により、今こうして海外で自分の会社で自分のやりたい仕事を最高の仲間たちとやっています。だからこそ、私のように、たとえお金や学歴がない人でも、世界を舞台に活躍するチャンスを皆さんにも持っていただきたいという想いを胸に今の事業を行っています。

ー具体的にどのようなキャリアを歩まれてきたのでしょうか?

15歳で中学校を卒業した後、様々な仕事をしてきました。最初に就いた仕事は工場で一日中段ボールに品物を詰める作業でした。上司はインド人で、怪しい日本語で毎日のように彼にキレられながら重労働していました(笑)。その後は、新聞配達をやりました。しかも自転車で(笑)雨の日も雪の日も、ひたすら新聞を配っていました。あとは駅前でチラシを配る仕事など、、、やはり10代の頃は学歴不問で若くても採用してもらえる職種にしか就けませんでした。

ー早川さんは昔から起業したいと思っていたのですか?

そうですね。若い頃から「なんとなく普通に生きる人生は嫌だ」「いつか何か大きなことをやりたい」と漠然と思っていました。そして、22歳で一部上場企業に入社して、25歳でマネージャーに昇格しました。27歳の時にはその上場企業と別の上場企業との合弁会社の代表取締役に就かせて頂き、そこで決算書の読み方や経営の仕組みを学ばせて頂きました。その際に、将来は自己資金で起業するオーナー経営者になることを決めました。

ー現在、華々しい活躍をされている早川さんにもそんな下積み時代があったんですね。

15歳からビジネスの世界に入りましたので、30歳の時に起業するまで15年かかりました。よく若い方や大学生の方に「どうやったら海外で起業ができますか?」と質問を受けるときがあります。そんな時は「まずは今この瞬間、目の前の事で実績を出す事がすべて」と答えています。大学生であれば学校の勉強、アルバイト、なんでも良いので目の前の事に没頭して結果を出し実績を積み上げて行く。この延長線上に、「なりたい自分」が具体的に見えて来ると思います。なんとなく漠然と考えているのではなく、行動を起こし実績を出す事の先に初めて見えて来るものがあります。

私も色々な仕事を経験して、その経験を元に、上場企業入社後にはビジネスの最前線で実戦経験を積み、自身の業績に拘り、結果を出して来たという最低限の自負があります。当時から100名以上の部下のマネジメントをしていたので、AHGSで100名以上のスタッフを抱える現在の状況も、明確な絵が元々見えていました。起業時は、何名もの前職での部下が、人生を賭けて一緒にセブ島までついてきてくれました。これも、起業にあたり、ただ単に漠然とした夢を語るだけでなく、前職やこれまでの人生での自分自身の実績が、自分自身にも明確なビジョンをもたらし、仲間たちに対する一つの信頼となっていたからこそ、共に来てくれたのだと思っています。

3.フィリピンで英会話留学!?そのきっかけは?

英語の授業風景

ー海外で起業されたきっかけはなんだったのでしょうか?

フィリピン留学を知ったきっかけは、5年前に前職の部下が世界一周の旅に出ました。その際に、最初に行く国がフィリピンで、そこで3ヶ月間程、英語留学をして、そこで培った英語力を武器に世界を周るとその子から聞いた事です。その時はまだフィリピンで英語留学なんて、全くイメージが湧かなかったので、その元部下に教わって初めてフィリピンで英語を学べる事を知って大変驚きました。
ちなみに、この部下も、AHGSの起業にあたり、世界一周を中断して、セブ島で約1年間、会社の立ち上げを手伝ってくれました!(笑)

前述の通り、「いつか何か大きな事をやりたい」という漠然とした憧れを具体的な形に出来る場所を探していた私は、国内ではなく、海外にこそ、新しい発見があるのではないかと感じ、そこで起業にあたりアジアの国々を見て周りました。

ー海外、特にフィリピンを選んだ理由はなんだったのでしょうか?

海外挑戦へのフィールドを探しに、タイ、台湾、フィリピン、シンガポール、香港、マレーシア、インドネシア、インド、などを訪問しました。その中でも、フィリピンは、英語が公用語である事もあり、国民の英語力の高さ、コミュニケーション能力の高さ、人口が若い世代を中心に急激に増加している点やGDPの成長率など、多くの成長性を肌で強く感じました。ただ、首都のマニラには既に多くの日系企業が進出していて、物価も高く、参入障壁が大きい。マニラ訪問後に、セブ島に来た際に、ここだとフィリピンの魅力を最大限に活かしながら、なおかつまだここから私たちが新規ビジネスで勝負して行けるポテンシャルを感じ、セブ島でビジネスをしよう!とビジネスパートナーと最初に来た時にそのまま即決しました。

ー最初から0円留学のコンセプトはあったのですか?

いえ、そんなことはありませんでした。当初は、日本とフィリピンをオンラインで繋いだ英会話学校を、他のオンライン英会話学校とは違ったスタイルで立ち上げることを企画していました。

でも、自分で試しに他社のオンライン英会話を受けさせていただいた時に、授業がつまらないと感じてすぐに挫折して辞めてしまったんです(笑)。

その後、このままではいけない、他に何かしらの形で、英語を勉強しようと思って、日本で日本に住んでいるフィリピン人の英語の家庭教師を雇いました。そして、駅前のカフェで対面マンツーマンレッスンを受けたのですが、この時にメチャメチャ楽しくて感動した事を覚えています。

好き嫌いがあるとは思いますが、当時の私にはオンラインでのレッスンはあまり人間味を感じられずに終わってしまったのですが、対面で直接のレッスンを受けた際は、その先生が、分からない事があれば一生懸命何度も丁寧に教えてくれました。一緒に和英辞書を引いて調べてくれたり、褒めたり慰めたり、色々な感情を共有して、とても情熱的な授業をしてくれました。そこに感動して、「ただ漠然と英語を少し話せるようになりたい」憧れから「英語を使ってこの先生ともっと話せるようになりたい!」という超具体的な目標に変わった事を自分自身で実感しました。そこで、セブ島で留学生向けにリアルな英語学校を作ることにしたのです。

ただ既にその頃は日系の英語学校はセブ島にも多数ありました。そのため、新しく挑戦する「英語学校」と、自分が今までやってきて強みのある「コールセンター」を組み合わせた新しいビジネスモデルを創り上げました。

ー「やりたいこと」と「できること」をくっつけて、「0円留学」のコンセプトが生まれたんですね。

そうですね。何かに挑戦する際には、「やりたいこと」と「できること」、この両方を結びつけて考えることが大切だと思います。多くの留学生、特に大学生の方とお話をしていると「やりたいこと」を語る方は多くいらっしゃいます。しかし、大学生の彼らには、まだ仕事を経験したことがない人や十分な強みを持っていない人がほとんどです。だからこそ、彼らには先ほどお話をした通り、まずは目の前の事で実績を出して、「できること」を創り上げよう!と伝えているのです。

15歳で仕事を始めて、苦労しながらもステップアップしてきた早川さんだからこそ、説得力を持って語れるお話ですね。

4.フィリピン人社員に舐められ、社内は動物園状態!?

学校内の様子

ー実際にフィリピン現地で、立ち上げ準備期間から事業開始まではスムーズに進んだのですか?

いえ、大苦戦でしたね(笑)海外ビジネスにおける人脈も経験もゼロだったので、そもそもフィリピンでの会社の設立登記の仕方も分かっていませんでした。従業員を採用しようにも、どこで募集したらいいか分からない。事務所を借りても内装工事はどうやって業者に依頼したらいいか分からない。
当然ですが法律も会計も日本とは全然違いますがよく分からない。
誰かに相談しようにも知り合いも一人もいないので誰にも相談出来ない(笑)

ーそのような状況でよく起業しようと思いましたね(笑)。

本当に一つ一つ勉強してクリアして行きました。考えていてもしょうがないので、とにかく行動を起こし続けましたね。法務、労務、財務、などあらゆる分野において、フィリピンで会社経営をする為の勉強をしながら、人事制度や社内規律などを策定しそれに基づいて人を採用する。採用したフィリピン人の英語の講師やマネージャーたちと英語レッスンのカリキュラムやプログラムの作成。その一方で日本国内向けに営業や広告宣伝を行い、留学生の方の集客。コールセンターのクライアントに対する提案や交渉を行い、コールセンター業務の立ち上げなどを仲間たちと本当に寝る時間も無く動き回っていました。

ー他に苦労された話はありますか?

その他にも、マネジメント一つ取っても、日本人に対しては、前職で何年もマネジメントポジションを経験していましたが、外国人に対するマネジメントは生まれて初めてですよね。当時、フィリピン人はプライドが高いし、人前で怒られる事など文化的にないので、フィリピン人スタッフには怒ってはいけないと周りからアドバイスを受けていたんです。

そこで怒らないマネジメントを意識していたのですが、それを意識するあまり、本来スタッフに対して注意すべきような事柄まで、ただ妥協して見過ごすようになっており、必要以上に当時のフィリピン人スタッフの考えや文化を尊重し過ぎてしまっていました。結果、社内を統制できなくなり、動物園のようになってしまいました。フィリピン人に対しては本当は怒りたいのですが、それでもこれがフィリピンの文化であり、怒ってはいけないのだから仕方がない。そんな考えに陥ってしまいマネジメントがまるで機能しなかった。そんな会社がうまくいくわけないですよね。

ーフィリピンではよく聞くことですね。どのように解決されたのですか?

普通に考えると、当然のマネジメントなのですが、再度、従業員に求める事や社内のルールを明確に開示し、ルールを守り高いパフォーマンスを出しているスタッフをしっかり評価する。
ルール違反をするスタッフは、人前でむやみに怒る訳ではないが、個別でしっかりと指導をして、問題点を指摘し改善策を一緒に決める。という事を、全員にマネジメントスタイルの主旨を伝えた上で、徹底して実行するようにしました。その上で、やはり会社としてのビジョンや想いを共有し合いました。

ーそんなエピソードもあったんですね。それで解決したんですか?

はい。やはり「想いを伝える」事からすべては始まると思います。特に海外では常識も文化も違う。社長は社員に対して、どんな社員になって欲しいのか、会社自体をどうして行きたいのか、というビジョンをしっかり持ち、それを情熱を持ち伝えていく。これをしない限りは何も改善されない。という事を身を持って立ち上げ当時体感しました。

5.あなたも海外で活躍できる!日本人が海外で成功するためには?

ーどのような日本人が海外で活躍できると考えますか?

やはり「絶対に、何が何でも、必ず、成功する」という強烈な執着心がある人だけが成功すると思います。これまで、国内でも海外でも多くの起業家を見てきました。倒産や買収された社長ともたくさん話して来ましたが、失敗した際には大体の人が口を揃えて言うのが、「しょうがなかった。」という一言。「頑張ったんだからしょうがない」「市場が変わったんだからしょうがない」「優秀な人材がいなかったからしょうがない」などの声を耳にしますが、私はこの「しょうがない」という言葉がこの世で一番嫌いです(笑)

特にセブ島で会社を経営していると、やはり日本に本社があり、あくまで支社としてセブ島で事業をされている会社さんも多くありますが、当社はいきなりセブで起業したので、セブ島進出が失敗するという事は、イコール自分たちの人生の失敗、敗北となります。だから、絶対に、何が何でも、必ず、成功させたかった。退路を絶って挑戦する姿勢が道を切り開いていったと思います。

ーなるほど。早川さんらしい、ある意味厳しい考え方ですね。

一部の天才的な経営者を除くと、経営者の能力の差なんてあまり無いと思っています。大切なのは、ビジョンとそれを必ず達成させるという強い執着心。私自身、経営者として能力的に何か優秀な部分があるかと言うと、どう客観的に見ても何一つ無いと思っています。だからこそ、高い目線を掲げて強い想いで仲間に感謝しながら努力をしていく、という事を愚直にやり通して行きたいですね。

ー日本で起業するのとアジアで起業するのとではどちらが良いと思いますか?

圧倒的にアジアの方が良いと思います!理由はいくつかありますが、まずはあらゆる点で国内よりも物価が安い地域が多いので、少ない自己資本でスタートでき、その後のランニングコストも下げられるので、起業に伴う金銭的リスクが少ないです。また、多くの業界での市場が成熟しておらず、競合他社が少ないので、若くても成功できるチャンスは逆に高いと思います。

さらに、今後の市場の将来性が大きいこともあります。例えば、コールセンターで言うと、日本では成熟期に入っており、競争が激化していますが、日本のコールセンター企業の海外拠点というのは、まだまだスタートアップ期です。今後は間違いなく今以上に伸びて来ると思います。

ーなるほど。他にはありますか?

特に若い起業家にとって、自分自身の成長を促す場としても良いと思います。もちろん異国の地で大変なこともありますが、語学力、コミュニケーション能力、マネジメント能力、変化対応能力などの、経営者本人の個人的なスキルアップも大きく見込めます。

ー逆に海外特有のリスクやデメリットはありますか?

私達の業界で一番リスクが高いと考えられるのは、突然の法律や業界の細かいルール変更がある事です。弊社も顧問弁護士3名体制でリーガルチェックを行っています。国や公的機関のルール自体が変わってしまうとビジネスモデル自体の変更も余儀なくされる可能性すらもあるので、常に最新の情報を入手し、状況に合わせてスピード対応していく必要があります。

ー日本人が海外で勝負するにあたって強みとなるものはありますか?

「真面目に愚直にサボらず一生懸命仕事をすることができる」のが日本人の一番の強みだと思います。色々な価値観があり、若い世代の方でも、楽な方向に流され頑張って働く事を避けたがる傾向の方もいらっしゃるかもしれませんが、せっかくの日本人の世界に誇る勤勉さが今後失われてしまわないか心配です。

苦しくて辛くて大変でも、逃げずに努力してやり通す事が出来るのは素晴しい財産だと、海外に出て、より一層思うようになりました。
今、私たち日本人はアジアの中でも優秀でも無ければ特別な技術がある訳でもない。やはり第一には真面目に仕事を一生懸命する、という当たり前の所で勝負するしかないのです。

ーたしかにどこかの段階で、がむしゃらに努力して経験値を上げたり、精神的に強くなる時期は必要かもしれませんね。逆に日本人特有の弱みはありますか?

全体的な弱みをあげるとすると、表現力やコミュニケーション能力、プレゼン能力だと思います。特に海外でビジネスをする場合は、意識して伸ばしていった方が良いと思います。セブ島の場合、日常生活の総ての場面で英語でコミュニケーションを取るチャンスがある。私はセブは「24時間いつでもどこでも英語のレッスンが受け放題」だと考えるようにして生活をしています。レストランに行ったりスーパーに買い物に行ったりタクシーに乗ったり、それらすべてが、英語で現地人とコミュニケーションを取り自分を成長させる機会となるので、机の上で勉強する機会や時間が無くても、意識一つで成長出来るフィールドになると思います。そういう意味でも海外はオススメですね!

6.今後の展望とこれからアジア起業したい人へ一言

ー最後にこれから海外で起業を考える人に一言お願いします。

私は日本、海外を問わず、すべては行動で決まるとおもっています。今でこそ、「英語レッスン」と「コールセンター業務」を組み合わせた「0円留学」という留学プランはアイディアが良かったと言って頂けるようにもなってきましたが、最初は馬鹿にされ、批判されてばかりでした。

それでも自分たちを信じて、変に考え込み過ぎずに行動と改善を続けて来たからこそ、今があると思っています。もしも、まずは起業前に充分な資金を貯め、もっと良いビジネスアイディアが思いついたらそれから起業しようと思っていたら、私はまだ何も動き出せずに今でも日本でサラリーマンをしていたかもしれません。
ビジネスを起こすという意味で海外、特にアジアは最適だと思います。何をやるかにもよりますが、物価が安く、市場が伸びており、競争が激化していないアジアなら初期費用100万円でもビジネスをスタートできます。日本の若い人にはどんどん行動を起こして、挑戦してきてほしいですね。

アジア起業家インタビューまとめ

早川さんとお話をしていて、彼の「昔の自分のように、たとえお金や学歴がなくても、世界を舞台に活躍するチャンスをみんなに持っていただきたい。」という経営ビジョンにとても共感しましたし、素晴らしいと思いました。そんな一面がある一方、ビジネスへの真摯な取り組む姿勢や経営者としての厳しい側面も見られ、僕もその点は見習っていきたいと思いました。実際の早川さんは温厚で丁寧でとても紳士な方です。そして、まだ若く33歳という年齢です。セブで事業を営む同年代の経営者としてこれからも切磋琢磨していきたいと思いました。

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About Author

岡本 琢磨(Takuma Okamoto)

Beyond the Border(ビヨンドザボーダー株式会社)代表取締役 / 海外転職カウンセラー・コーチ / フィリピン・セブ英語留学クロスロード代表・公認会計士 / 1979年5月8日生まれ / 慶応義塾大学経済学部卒

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